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オルガンのエッセイ
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B-3の憂鬱 ■ |
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俺は、オルガンである。オルガンというと小さいころに幼稚園などにあった足踏み式のオルガンを思い浮かべるかもしれないが、それとはちょっと違うオルガン
である。正式には、Hammond
B-3という名前らしいのだが、そんなことはどうでもいいことだ。俺を生んでくれた会社はとっくの昔になくなってしまったし、俺も40年も前のことを今から蒸し返したってしょうがないことはわかっている。
俺がいるのは、アメリカ合衆国のニューヨークという街で、もうかれこれ40年近くこの街に住んでいることになる。俺が、なんでこんなところに40年もいるかというと、俺を買い取ってくれた人が、ジャズクラブとかいう
店を持っていて、そこで毎日違ったオルガン奏者が俺を弾いて、お客さんからお金をもらうためである。
俺がここに来た1960年代は、活気があってオルガン全盛期だったそうである。
そのころは、誰もが俺を弾きたがったものだ。でも、70年代から80年代にかけては、冬の時代だな。みんな俺のことを忘れて、別の鍵盤楽器にうつつをぬかしていた。それが、90年代後半になって、またオルガンブームだそうだ。離れていった人たちも半分くらいは戻ってきた
が、残りの人はどうしているのか、消息はつかめない。
最初のころは俺も元気だったが、最近は寄る年波には勝てずにいる。16フィートのドローバーが1本接触不良で音が出ないし、黒鍵のいくつかも音が出ない。それでも、オルガン奏者は、頑張って弾いてくれるのだが、先日はさすがにうんざりしたらしく、蹴られてしまった。そういえば、
真空管も、10年以上取り替えてもらってないからへたってしまって、エクスプレッションペダルを思い切り踏み込まれると、どうしても息切れがして音が歪んでしまう。この前、俺と一緒にここに来たレスリースピーカーと少し話し
をしたが、彼女も同じようなことを言っていた。関係ないが、この前きた日本人に言わせると、彼女と俺はレスリーケーブルという糸で結ばれているそうで、夫婦みたいなものだそうだ。そういえば、へその緒と言ったヤツもいたなぁ。なんでも、ケーブルから電源を供給しているので、へその緒とまったく同じ仕掛けだそうだ。おっと話が横道に逸れ
ちまった。彼女の場合には、ホーンを回転させるためについているベルトが緩んできていて、外れそうなのだそうだ。もうそろそろ限界だと言っていた。
俺のいとこは、同じようなジャズクラブで30年以上も働いて、オルガン好きの新しいご主人に引き取られて、摩天楼のリビングルームで余生を過ごすはずだったのに、現役時代に吸い込んだ葉巻とタバコと厨房から出てきた油にやられていたらしく、凄いにおいに愛想をつかされて、キャビネットは薪になっちまった。中の部品は、ばらばらにされてEBAYとかいうオークションで売られたそうだ。人間だったら、ばらばら事件で大変なことになるはずなのにひでぇことをするもんだ。ああいう一生だけは送りたくないね。
本当は、俺も年に一回の健康診断をしてもらって、オイルをさしてもらえれば、もう少し体の調子もいいはずなんだけど、もう何年もやってもらっていないし、そろそろ限界だな。だいたい寿命はどのくらいなんだろう。俺の親父くらいの歳でも、まだ現役バリバリの
ヤツもいるし、めったにいないけど、まだ箱に入ったままのデッドストックって言われているヤツもいると、先日のオルガニストが話していたっけ。ああゆうヤツは、まだこの世に生を受けていないみたいなもんだから、ピカピカの新品みたいに思っている人間もけっこういるんだけど、中はけっこう蒸し暑くて、楽じゃないらしい。やっぱり俺たちとしたら、弾いてもらってナンボだから無精卵じゃあるまいし、そういう扱いされるのは本望じゃないんだよな。俺はそんな一生もごめんだね。
そうそう、俺たちの体を構成している部品だけど、新しい部品はもうないそうだ。だから、どこかがいかれちゃって部品を交換するということになると、なきがらになったオルガンから取ってくるらしい。サイボーグというと聞こえはいいけれど、要するに部品がなくなっちまったら、もう修理もできないということだからね。余命を宣告されたようなもんだよな。まあ、俺の場合は
、自分では、まだまだ大丈夫だと思っているんだけどね。ぽっくりいくヤツも中にはいるから、こればっかりは運命なんだろうけど。
いずれにしても、今日も、もう少ししたらギグのリハーサルが始まるから、こんなつまらない閑話はもう終わりにしなきゃ。俺も薪になるのだけは勘弁してほしいから準備運動でもして体調を整えるとするか。あっ、そうそう、あんたも、俺のこんな話でよかったら、いつでも聞きにきていいよ!
まあ、俺もいつまでここにいるか判らないけどね。 |
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この文章は架空のものです。実在する個人、団体などとは一切関係ありません。 |
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