ハモンドに想う - 管理人のProfileに代えて

ハモンドに魅せられてどのくらいの月日が経ったのだろう。学生のころは、ハモンドの音は巷にあふれていた。ロックバンド、テレビドラマのテーマ音楽、とにかく聴きたいと思わなくても、自然に聞こえてきた時代があった。そのころ、音楽好きな青年であった私は、ギターを弾いていた。ハモンドは知っていて、好きな音だったが、特に心を奪われるという存在ではなかった。

そのころは、ギターのほうがはるかに魅力的な楽器であったし、チョッパ奏法の出始めでもあり、同じ弦楽器であるベースのほうに興味がそそられていた。その後、私が、ハモンドを忘れている間に、多くの人たちもハモンドを忘れ、ハモンドは過去となり、意識しなければ聴けない楽器となった。元来あまのじゃくな私は、こうなってしまうと、むしょうにはモンドが恋しくなるのである。

しかし、ハモンドの音はロックの世界から完全に絶滅していた。唯一残っているのは、私が一番興味のなかったJazzの世界だけである。ハモンドを聴くためにJazzを聴くという明らかに本末転倒 な行為に甘んじ、その中でせめてロック系フュージョンでもと探すが、なかなか姿を見せてくれることはない。

それにしても、ハモンドの情報は少なすぎる。いったい絶滅したのはいつなのか?それすら日本のメディアには明確に語られていない。Internetで海外のホームページをさまよう日々が続き、米国のサイトで初めてその絶滅の真相を知る。皮肉なことに、絶滅はハモンドの発展と背中合わせであった。コインを投げ、たまたま裏が出ただけのことのようにハモンドは絶滅していったのである。

悲劇の真相

  ここで私がハモンドと呼んでいるのは、正確にはB-3などのトーンホイール型のハモンドである。正確さを欠くと読者を惑わすので、くどい説明をすることになるが、最初に断っておかなければならない。ハモンドというオルガンは、現在でも存在する。なんと、日本の鈴木楽器製作所が、各国で商標を登録している。もちろんハモンドを生んだ米国においてもしかりである。しかし、鈴木楽器製作所は、トーンホイール型のハモンドを製造していないし、ハモンドを開発した米国ハモンドオルガンカンパニーでさえ、1974年から製造していないのである。

  トーンホイール型のハモンドは、電気を使用しているが、音源の大部分をメカニカルな機構にゆだねたオルガンである。1960年代から1970年代にかけて、電子化の波は楽器業界をも巻き込んだ。真空管からトランジスタへの転換、製造コストの高いメカニカルなトーンホイールからトランジスタを使用した音源へと、ハモンドオルガンカンパニーも大きく舵を切ったのである。ハモンドの悲劇は、ハモンドオルガンが電気化されたオルガンであったことが原因だと私は思っている。アコースティックギターのように、まったく電気や電子を使わない楽器は、電気化、電子化の波にもまれ、エレキギターという偉大な亜種を生み、自分自身も根強く本来の姿のまま生き続ける道を見つけることができた。

  しかし、ハモンドの場合は、トーンホイールを捨て、真空管を捨て、トランジスタに魂を売ってしまったのである。トランジスタは、偉大な発明であり、トランジスタがなければ、現代のコンピュータは生まれてこなかったであろう。もちろん私もトランジスタを否定する気はない。トランジスタを使えば、ハモンドの音は再現できると誰しも思ったであろうし、ばら色の未来が見えたであろう。しかし、そのトランジスタを持ってしてもトーンホイールを再現することはできなかった のである。

  私は、ある意味でトーンホイールハモンドは、アコースティックな楽器であると思っている。もちろん、これは、レスリースピーカを組み合わせた場合の話であるが。今から、50年以上も前に、トランジスタも使用せずに、ここまでの音を創造したということは、奇跡としか言いようがない。信じられない読者の方がいれば、このホームページにあるレスリースピーカの周波数特性を一度見てほしい。アコースティックな楽器として、意図的にこのような周波数特性を持つようなスピーカを作るということが、50年以上前にできたのだから驚きとしか言いようがないのである。

  ハモンド本体においても、キーの接点ノイズが、ハモンドの音のひとつのポイントになっている。これは、開発者自身も欠点として取り除こうと努力したが、取り除けなかった一種のノイズであるが、そんなものまでがなくてはならない音として認識されたのである。これは、あばたもえくぼではない。このようにして、ハモンドという楽器は、構成する要素のどれをとってみても、その音を作り出すためにプラスに働いており、現在のDSP技術を持ってしても完全にシミュレートできないのである。しかし、現実のハモンドは、キーのベロシティもない、ある意味では単純な楽器なのである。

ハモンドの特徴

  このページを初めて見て、ハモンドっていったい何?という読者もたくさんいるにちがいない。ある程度歳をとった方であれば、かつての人気刑事ドラマ「太陽にほえろ」で鳴っていたキーボードのことであるといえば、ピンとくるのではないだろうか。一時期は、後楽園球場などでも、攻守交替時に演奏されていたと記憶している。

  筆者がハモンドオルガンは云々という話をすると、ハモンドオルガンって何?幼稚園にあったオルガンのこと?という質問を、必ずされるが、あれとはぜんぜん違うものである。あれは、リードオルガンというオルガンであり、仕組みも音もまったくの別物である。ハモンドオルガンは、簡単に言うと鉄製の歯車を交流モータで一定速度で回転させ、歯車の歯の数に合わせた周波数の正弦波(実際にはかなりの高周波ノイズを含んでおり、これをフィルターで取り除いている)を、コイルでピックアップして音源に使用している。歯車の数はモデルによって異なるが、90前後である。これだけだと、正弦波しか出ないので、音叉のような音になってしまうが、ドローバという一種のミキサーが付いており、押したキーの基音に対して一定の差分(度数)の音を合成することができるようになっている。このドローバを使用して音色を作り出せるようになっているのである。したがって、ハモンドオルガンの音色は一種類ではないが、きく人がきけば、これがハモンドの音と分かるような音がするのである。

  そのハモンドの音色を作り出すのに、一役かっているのが、レスリースピーカというスピーカである。有名なB-3というタイプのハモンドには、スピーカは付属していない。ハモンドオルガンカンパニーは、トーンキャビネットと呼ばれるスピーカを販売していたが、実際にハモンドと組み合わせて使用されるスピーカは、まず間違いなく、別会社が販売していた レスリースピーカである。

  通常のレスリースピーカは、高音用と低音用の二つのドライバユニットを持っていて、これらは、回転ロータに接続されている。回転ロータとは、簡単に言うと回転するラッパである。オーディオスピーカのツィータに接続されるホーンのようなものがロータである。そして、このロータがモータによって回転するのである。回転の速度は、FASTSLOWがあり、FASTは一分間に約400回転、SLOWでは一分間に約40回転する。この回転がハモンドオルガンにさらに独特な音色を与えるのである。音は、回転速度によって当然異なり、FASTの場合には速く強いコーラスと速く弱いビブラート、SLOWの場合には遅く弱いコーラスと遅く強いビブラートを感じると思うが、文章表現だけでは正確には表せない。

  ハモンドオルガンとレスリースピーカを組み合わせた音は、リッチで、柔らかく、温かく、時にはパーカッシブであり、ゴロゴロと唸り、きゅるきゅると泣くときもあるのである。これも、また正確に言葉で表すことは不可能である。

延命策

  最近は、ハモンドが静かなブームとなってきている。日本より早く、米国、英国では再び活気を取り戻している。手軽にハモンドの音を楽しむには、各種の電子的な機構を用いたクローンを使うのが、経済的にも運搬の面でも手っ取り早い。これらのクローンは、おおむねハモンドのモデルB-3とレスリー122を組み合わせた音を再現しようとしている。しかし、現在の技術、とりわけコストも合わせた採算性を考えたときには、まったく同じ音を出すことは不可能である。トーンホイールのハモンドは、車と同じくらいの価格で販売されていたが、現在、中古のハモンドも同じような価格で販売されている。生産が中止されてから、既に30年弱経過しており、現存するトーンホイールの数は減少することはあっても増加することはない。

  ハモンドの音を後世に残したければ、中古のトーンホイールを維持するか、クローンが成長して本物と同じ音になるのを待つしかない。中古のトーンホイールは、米国にはまだ豊富にあるようだが、最も新しい物で生産後30年弱という歳月であり 、あまりに長すぎる。

  いっぽうクローンは、日本を初め、数カ国の楽器メーカから販売されているが、日本のマーケットは大きくないため、グローバルに展開できるメーカだけが参入できるという特性を持つ。

そして30年後

  私は、ギター用の真空管アンプやギターはまだ数本持っているが、トーンホイールのハモンドは持っていない。クローンがあるだけである。しかし、ハモンドへの想いは強く、トーンホイールを買いにアメリカまで行きたいと思っている。現地で音を確かめ、購入するためである。日本で売られているトーンホイールは、輸入費用その他がかかっているので米国での価格と比べると高いし、タマも圧倒的に少ない。こんな道楽がいつできるようになるかは、いまだに分からないし、実現するのかどうかも怪しい。 (注:筆者は、最近米国からスピネットのトーンホイールハモンドであるM-3を入手した。オルガン輸入の一部始終は、こちらを参照されたい。)

  しかし、私の最終目標は、米国での購入ではない。30年後にハモンドオルガンを残すことである。現在のハモンドの所有者は、おそらく40歳代が一番多いのではないだろうか?これらの人が寿命を全うした後でも、ハモンドの音を残すことであり、既に30年近く経ったハモンドを、これからの30年生かし続けることである。それでも、ハモンドの数は間違いなく減少する。使われている銅線は、現在の楽器と比べれば太いものを使用しているので、腐食や経年変化には比較的強いが 、それでも限度がある。壊れたトーンホイールに大金を払ってまで、修理して使い続けようとする人がどれほどいるだろうか? したがって、私の目標を達するためには、必然的に新しくB-3を超えるオルガンを作ってもらわなければならないのである。そのためには、オルガンメーカが投資に見合うだけの採算があると判断しなければならず、さらにそうなるためには、一人でも多くのハモンドファンを育てなければならないであろう。私は、これがハモンドが生まれながらに電気楽器であったことによる宿命であると信じている。

  勘のよい読者であれば、既にお気づきかもしれないが、このホームページは、ハモンドフリーク予備軍であるあなたのために、必要な情報を提供するために作られている。冒頭にも書いたが、日本においてハモンドの情報は非常に少ない。このサイトの情報も、米国から持ってきたものを多く含んでいる。これらを、日本語で楽しめるようにしている。

  私が良く受ける質問に、楽器メーカにお勤めですかというものがある。しかし大方の予想を裏切って、私は楽器メーカには勤めてはいないし、勤めたこともない。まったく、独立した個人である。単なる一人のハモンドフリークであることをお伝えしておく。最近、私などは足元にも及ばないハモンドフリークが、何人も日本にいらっしゃることを知った。これらの人たちとは、このホームページに掲載されているメーリングリストで知り合ったのである。Internetもハモンドの30年後に応援してくれていると思うのは、私だけではあるまい。

  ハモンドオルガンカンパニー創立50周年記念パンフレットに、「模倣は多いが、超えるものはない。」(原文ではOften imitated, never duplicated.)というキャッチがある。しかし、今こそ、自らの手で自らの存続のために、このキャッチを超える発展をしなければならない時期がきていると思う。もう一度繰り返すが、ハモンドクローンがハモンドとして復活し、さらに先に進むことを望んで・・・